沙村広明「無限の住人」原画展特別トークイベントレポート
現在開催中の沙村広明「無限の住人」原画展の特別トークイベントを9月24日(土)に行いました。
今回のイベントはご来場頂くお客様から、事前に沙村氏への質問を頂き、それに答えていくという一問一答形式というもの。様々な質問とその答えの間に浮かび上がってきたのは、技術やセンスを搾り出すのではなく、才能をごく自然に使いこなし、創作を日常としている沙村氏の姿でした。
展示作品をお楽しみ頂くスパイスとしてイベント内容をほんの一部ではございますがレポートいたします。
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◆鉛筆という画材で漫画を書こうと思ったのはなぜでしょうか。
沙村:それは普段一番使い慣れている画材だったという理由です。「無限の住人」の原稿は基本的に鉛筆とピグマと言うサインペンで描いていました。学生の頃はGペンを使っていたのですが、自分のGペンで描いた原稿があまりにヘボくて...その時、学校の先輩にピグマというペンを教えてもらって、それからずっと使っています。
◆背景や人物、動きなどを描く時の資料にしたものを教えて下さい。
沙村:それはあまり無いですね。描く時に設定は作らないようにしています。コスチュームの色とかもまちまちで卍と凛との色くらいしかあまり決まっていないですね。凶も青だったり紫だったり。
◆尸良というキャラクターをつくるにあたって参考にしたものはありますか。
沙村:何かを参考にしたというよりは自分の回りに足りない要素を描いたようなものですね。単純にこいつが死ぬと、どこかの誰かがスッキリするキャラクターを作ら無くちゃなぁと思って描いたのが尸良ですね。
彼の最期は尸良が好きな人があぁこれも尸良っぽいなと思ってくれることを考えて、あのような形になりました。
◆沙村さんはワーカーホリックであるとお聞きした事があるのですが、一番忙しいときの1日のスケジュールを教えて下さい。
沙村:だいたい朝寝て昼の14時くらいに起きて夕方頃にアシスタントの子が来ます。そして深夜1時とか2時に帰ってもらうみたいな生活ですね。アシスタントの子は今1人です。だらだらとやっているので全くワーカーホリックではありません。
◆「無限の住人」では絵の展開が実に映画的なカメラワークだと感じました。映画の研究などはされているのですか。また好きな映画はありますか。
沙村:映画はほとんど見ていないですね。学生の頃にアクション漫画を見ていたことはありますが、あまり何かを見て勉強をしたりしないですね。映画の好みでいうならわりと静かな映画が好きです。一番好きな映画は『バベットの晩餐会』です。自分の漫画でいえば「無限の住人」よりも他の漫画の方に映画が影響を及ぼしている様に思います。
◆「人間椅子」さんが出された「無限の住人」のコンセプトアルバムと、その中の「刀と鞘」をシングルカットにしたCDの絵をとても好きなのですが、あの絵を描いた時の事やアルバムについての思い出を教えて下さい。
沙村:あれは企画で日本家屋を借りて、女性のモデルさんに描いたのですが、2時間で描くというところ4時間もかけてしまいました。人の肌に描くことは本当に難しくて...それでもモデルさんはのんびりとやって下さったのですが、僕は後ろで悪戦苦闘していました。
◆卍と凛の呼び方が互いに変わっていきますが何か意味はありますか。
沙村:単純に距離の近さを出したかった為ですね。
◆本当はもっと早く退場または死ぬはずだったのに予定と違って活躍してしまったキャラクターはいますか?
沙村:最初の予定では百凛は死ぬはずだったのですが、担当さんにその話をしたら、あれだけ酷い目にあっているのだから、彼女は死なずに終わらせてあげようと言われました。確かに考えてみれば死ぬ必要がないなと思いましたね。それで反省して生かすことにしたのです。後は尸良がもっと早い段階で死ぬ予定だったのも以外に最終章まで引っ張ってしまいましたね。
◆卍が現代まで生き延びている可能性が高いと思われますが、外伝かなにかでその後の活躍を描く予定はありますか?他の作品でも登場するなんてことがあったら教えてほしいです。
沙村:「無限の住人」現代編にはならないとおもいますが、卍はどこかでまた描けたらなと思っています。
◆無限の住人のキャラクターのなかで一番好きなキャラクターは誰ですか。
沙村:女性で言えば百凛かなぁ。
◆一番思い出深い対決はなんですか。
沙村:尸良と卍の最後の戦いでしょうか。自分が好きなシーンは凛が一人で関所を通るシーンです。
あのシーンは関所という所はこういう感じだろうと思って描いたのですが、後で資料を見返すと、出口も入り口も間違っていて唖然としました...。
◆ 数多く考案されてきた武器の中でのお気に入りはなんですか。
沙村:デザイン優先で考えると槙絵の三味線の形をした武器は考案した20代の頃、自分は凄いものを考えたとか思っていたけれど、あれは鳴るわけがないですよね...(笑)どれが一番好きかと言われたら、偽一の持っている手錠みたいなやつが好きです。
◆漫画を描いている上で楽しいシーンまた苦手なシーンはどういったところですか。
沙村:蒔絵の戦闘シーンは楽しかったですね。(今展示で展示中のシーンです。)
苦手なシーンは少年を描くことですね。少年と言わず子供を描くのが非常に苦手です。
◆妹派ですか姉派ですか。
沙村:そこは姉ちゃんですね。(笑)妹がいるからかもしれませんが。若い女の子を描くのも苦手なのかもしれません。まぁ、凛も後半になってくると顔がすっかり老けていますけれども。(笑)
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無限の住人の特徴でもある繊細な鉛筆画やアクションシーンでの人物の動き、構図など作画について、お客様からのご質問が多数ありましたが、氏の答えは気負ったものではなく、私達にはどうやったら描けるのかわからないと思われるような作画も、いたって普通に、息をするように描いている印象を持つ答えでした。
また、作品の内容そのものについての質問では、言葉で説明するのではなく作家の伝えたいことは作品で語り、伝わらなかったのであれば自身の責任である、という姿勢が、真摯さや作家としての自身に対する厳しさが伝わって参ります。
しかし話が登場人物へ及ぶと、19年描いてきたキャラクター達への特別な思いを強く感じられる場面もありました。生みの親の心持が伝わってくるような温かで面白い制作秘話に、参加者の方の心も一つになるような凝縮されたイベントとなりました。
今回の展示ではデビュー作から無限の住人最終巻までの原稿が一挙に展示してあります。これは単なる一つの漫画作品の展示ではなく一人の作家の十九年にわたる創作の思考の展示とも言えるでしょう。そういった意味でもあらゆる創作に関心のある方にも刺激を与えるような展示内容です。
原画の各シーンの躍動感と臨場感は凄まじく、細かい鉛筆の動きと、筆圧に圧倒されること間違い無しの展示となっています。カラーから鉛筆画、またトークショーの時に描き下ろした作品も会期終了まで展示を行っております。会期も残りわずかとなりました。沙村氏の画業を是非間近でご堪能下さい。
(2013年9月7日(土)まで)
ヴァニラ画廊(スタッフレポート:関浪、染谷)
※イベント中に描き下ろした作品は会期終了まで展示いたします。